ラインによるケア(ラインケア)とは、職場のメンタルヘルス対策として、国の[労働者の心の健康の保持増進のための指針]で定められた「4つのケア」の一つです。
ラインとは、かんたんに言えば、管理職(管理監督者)のこと。
管理職が部下の異変に気づき、話を聴いて、産業保健スタッフや医療へ適切につなげること
休職からの職場復帰の支援
職場環境改善によってストレスを軽減すること
など、いろんな活動を含む概念です。
ところが、管理職の人たちはその職場の事業の専門家であることが多く、ラインケアに習熟しているはずがありません。
私たちも管理職の人々から「難しいよね」とよく聞きますし、ラインケアに関する困難感というテーマでの研究もあるくらいです。
とはいえメンタル不調者は発生しますから、いつまでも苦手なままにしておくわけにもいきません。
ラインケアの強化は喫緊の課題なのです。
現在、ラインケアの強化は、おもに職場内研修によって行われています。
ここでラインケアを効率的に強化するためには、職場(受講者集団)の弱点を見つけ、重点的な研修を行うことが必要なのです。
もちろん、どのような職場でも、研修を予定する前には「わが職場の弱点は何だろう?」と議論するでしょう。
しかしその議論は、関係者の”肌感覚”や、流行の話題、直近のトラブル事例に引っぱられがちなもの。
そのような議論でみちびかれた「職場の弱点」は、本当に正しいものなのでしょうか?
これらの疑問を解消し、PDCAサイクルを意識したラインケア強化を行うために、当社と松澤大輔先生(株式会社ライデック/新津田沼メンタルクリニック)との共同研究によって開発した評価尺度をご紹介します。
本ツールは自由にご利用いただけます。
研修・情報提供の内容調整の前に
定期的な職場のラインケア力の評価に
また、お問い合わせフォームからぜひご感想をお聞かせください。
↑ ご案内資料
2025年5月の学会発表時のスライドを当サイトでの公開用に一部改変したものです。
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2025年5月に開催された第98回 日本産業衛生学会において、本シートの開発と利用方法をテーマにした学術発表を行いました。
以下はそのときの抄録(研究概要)です。
演題名
ラインによるケアの自信度定量を用いた企業内研修のPDCA
発表者
須藤千尋/須藤優実/松澤大輔
発表内容(抄録)
【目的】
職場のメンタルヘルス対策について述べた「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(厚生労働省、平成18年)において、ラインによるケア(以下、「ラインケア」)は、セルフケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケアと並ぶ基本的対策(「4つのケア」)とされた。これによって管理監督者には、メンタルヘルス対策を主眼とした職場環境等の把握と改善、労働者からの相談対応、職場復帰支援などの役割が明確に期待されるようになった。しかし、事業面の熟練者から選抜された者に過ぎない大抵の管理監督者にとっては、ラインケアという専門外の役割への苦手意識を持つことにもなった。
発表者らは管理監督者集団の苦手分野を合理的に対策するために、指針で求められる知識や技能を自信度という観点から定量評価するアンケートを開発した。このアンケートを座学研修の前後で行ったところ、研修内容に即した項目で受講者が自信を獲得したことがわかったのでここに紹介する。
【方法】
企業A(管理監督者約200人)の委託により、PDCAサイクルを考慮した計5か年度のプログラムとなるラインケア研修を設計した。自信度の評価は複数の産業医の知見を反映させて作成・選定した20項目から成るもので、それぞれ1点(自信がない)から5点(自信がある)の5段階で回答させるものとした。対個人ケアに関するものでは「部下の精神的な不調に気づく」、「傾聴技法を意識的に使う」、「不調者に対して合理的配慮の範囲で業務調整を行う」などの項目を作成した。職場の制度・規律・風土に関するものでは「事業者が安全配慮義務を負うのを理解して対応する」、「ノーワーク・ノーペイ原則を部下に説明する」、「職場環境改善策を計画し実行する」などの項目を設けた。このとき、とくに知識面についてはその理解度を問うのではなく「部下へ説明できる/改善策を計画できる」など、知識を運用する際の望ましい行動をとる自信度に置きかえるような文言にした。
同プログラムではこれまでに座学研修を2か年度にわたり実施した。毎年研修前後のアンケートで受講者の自信度を評価し、研修前の評価結果と企業側の要望を踏まえて、年度ごとに座学研修の内容を調整した。
【結果】
自信度評価20項目のうち、研修で扱った内容に関連する項目で自信度が大きく上昇したが、研修で扱われなかった項目については弱い上昇傾向にとどまった。20項目の合計点は、各研修の前後で有意に上昇した。初年度の研修前に比べて次年度の研修前の合計点は高く、初年度の研修効果の残存が見られた。
【考察】
ラインケアの一環で管理監督者に期待されるものは多岐にわたるが、知識(理解度)、行動、社内状況のように一貫しないモダリティも、自信度の形に表現することで一律に行動モダリティとして簡便な評価ツールにまとめることができた。研修による自信度上昇効果が年度を超えて残存したことは、セルフケア水準がPDCAサイクルによって一段上ったことを思わせた。企業・職場が限られたリソースを投入してメンタルヘルス対策を推進するにあたって、管理監督者集団の自信度は有効な基礎データであり、効果指標となり得る。